ナクソス島のアリアドネ ウィーンオペラ

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オペラ「ナクソス島のアリアドネ」

 

作曲:リヒャルト・シュトラウス

台本:フーゴ・フォン・ホフマンスタール

 

あらすじ

 

プロローグ:18世紀ウィーンのロココ風の邸宅

今夜の大晩餐会の後、邸内の小劇場でオペラの公演があり、その準備で混乱状態だ。若い作曲家がこの日のために、オペラ「ナクソス島のアリアドネ」の作曲を依頼されていた。しかしオペラの後に舞踏家ツェルビネッタの舞踏喜劇が上演されることを知らされ、作曲家や舞台監督は怒り、オペラ関係者と喜劇関係者が入り乱れ喧騒している。喜劇の側の舞踊教師は、オペラ「アリアドネ」よりもツェルビネッタが観客から期待されていると主張し、反対にオペラ側の音楽教師はオペラこそ今宵のメーンイベントと言う。その時執事長が現れ、主人の命令で、オペラと喜劇を同時進行で上演するようにと告げられる。喜劇の出演者にとっては、このような変更は日常茶飯事だが、オペラの作曲家は困惑して作品を引っ込めようとするが、ツェルビネッタの甘い声の説得で、変更を承諾する。幕が上がる直前、舞台上に現れた、ふざけた格好をした喜劇役者の姿を見た作曲家は、自分がツェルビネッタに上手く乗せられたことに気づくが、時既に遅し…オペラは開幕しようとしている。

 

オペラ「ナクソス島のアリアドネ」:ギリシャの孤島ナクソス島の洞窟

背後には美しい海が見える。アリアドネは三人のニンフに見守られ眠っている。彼女は恋人テーセウスに置き去りにされた悲しい運命を嘆く。そこにツェルビネッタをはじめとする喜劇の役者達が現れる。ハルレキンが陽気な歌を歌うが、アリアドネの気持ちは落ち込み、アリア「ひとつの国がある」と絶望を歌う。喜劇役者達は陽気な踊りと五重唱で励ますが、まったく効果はない。そこでツェルビネッタは、アリア「偉大な王女さま」で、コロラトゥーラの超絶技巧を駆使して、女心は春の空、新しい男を見つけよう!と説くが、これまたアリアドネの心を救うことは出来ない。トランペットが鳴り響き、三人のニンフが慌ただしく入ってきて、一隻の船の到着を告げる。若く輝かしいバッカスが登場する。アリアドネはバッカスは死の国の使者と思い、またバッカスもアリアドネを妖女かと思う。アリアドネは自分が死の国へ連れ去られることを望み、バッカスの胸に身を投げ出す…しかし、バッカスのキスで彼女の苦悩は一瞬に消え去り、甘美な愛の恍惚に変わってしまった。バッカスは死の神ではなく、愛の神であった。ツェルビネッタが舞台横で見守り、三人のニンフの歌声に官能的な管弦楽が絡み合う中、二人はゆっくりと姿を消す。

プログラムとキャスト

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ウィーン国立歌劇場

 

EUROPERA Ticketではウィーン国立歌劇場のチケットのご予約を承ります。

ご予約いただいたチケットは劇場、又はオペラ座すぐ隣に我々のオフィスでお受け取り頂けます。

又、ウィーンで開催されるクラシックコンサートは勿論、ご希望であればオペラ座近くのホテルやレストランのご予約も可能です。

連絡先

住所:Operring 4, A-1010, Wien

電話:+43 19688622

メール  : office@vienna-concert.com 

 

 

公共交通機関

地下鉄: U1、U2 、 U4
トラム: 1 、 2、D 、62 
バス: 59A
停車駅:カールスプラッツ/オペラ Karlsplatz/Oper
タクシースタンドが近くにあります。又、公演終了時にはタクシーが劇場前に待機しています。ホテルまでのお帰りがご心配な方にはタクシーのご利用をお勧めします。



歴史


ウィーン国立歌劇場はウィーン造形アカデミーの建築家アウグスト・シカート・フォン・ジッカルツブルクとエドゥアルト・ファン・デア・ニルが共作で設計し、1869年5月25日、当時の皇帝フランツ·ヨーゼフと皇后エリザベートの存在下で、モーツァルトの「ドン・ジョバンニ」により盛大にこけら落としが行われました。

 

フランツ·フォン·ディンゲルシュテット(劇場支配人・詩人)、ヨハン・ヘルベック(指揮者・作曲家)、フランツ・ヤウナー(演出家・劇場支配人)、ヴィルヘルム・ヤーン(指揮者)などの芸術的影響を受け、オペラ座の人気は益々高まっていきました。1897年に総監督となったグスタフ・マーラーは、古い上演システムを改新し、新しい舞台芸術を取り入れ、新世代歌手を積極的に起用するなどの第一次改革を行い、その後後継者たちにも引き継がれていきました。

又、マーラーはそれまでオペレッタを上演しなかったオペラ座にヨハン・シュトラウスの「こうもり」を正式なレパートリーとしました。

 

20世紀になると、総監督のリヒャルト・シュトラウスの「ナクソス島のアリアドネ」(1916年10月4日)や「影のない女」(1919年10月10日)の初演が行われます。

 

第二次世界大戦中、1938年から1945年年間はオペラ座暗い時代を迎えます。ナチスの下で多くの団員が追放・殺害され、様々な作品が上演禁止になりました。

1945年3月12日、連合軍の爆撃により舞台は破壊され、建物は火災に遭います。その後、ウィーン・フォルクスオーパーやアン・デア・テアーターウィーン劇場が仮の拠点となり、1955年11月5日カール・ベームによる「フィディオ」の上演で再開を果たします。

1956年に芸術監督に就任したヘルベルト・フォン・カラヤンはイタリア語やその他の外国語作品もドイツ語による上演を行ってきたそれまでの慣例を破り、原語上演の方針を導入し、これはその後ドイツその他の大劇場にも波及しました。

 

今日ウィーン国立歌劇場は、多大なレパートリーが故世界で最も重要なオペラ座の一つとみなされています。

 

2010年9月1日以来、音楽監督はフランツウェルザー=メスト、音楽総監督はドミニクマイヤー。

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