ドン・パスクワーレ

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ドン・パスカーレ – ガエターノ・ドニゼッティ | オペラ
三幕の喜劇ドラマ
台本:ガエターノ・ドニゼッティ & ジョヴァンニ・ルッフィーニ

 

第1幕と第2幕 – 約80分
休憩 – 約30分
第3幕 – 約45分

 

 

あらすじ

時と場所:19世紀半ばのローマ

 

第1幕

第1場

ドン・パスクワーレの中産階級風の邸宅の客間

ドン・パスクワーレはもう70歳になる独身の金持ち老人である。そろそろ財産を同居している唯一の相続人、甥のエルネストに譲ろうと考えていた。しかし、そのエルネストはノリーナという若い未亡人に惚れこんでいて、パスクワーレが薦める金持ちの令嬢との結婚をあっさりと断ってしまう。業を煮やしたパスクワーレは、それなら自分が若い娘と結婚して、産まれた子供に財産を譲ろうと思い立ち、友人の医師マラテスタに相手探しを依頼する。マラテスタが現れ、若く美しく謙虚な理想の花嫁が見つかったという〈ロマンツァ〉「天使のように美しい娘が」(Bella siccome un angelo)を歌う。それもマラテスタの妹というから驚きだ。〈ヴィヴァーチェ〉の急速なテンポで「これまでに感じたことのない情熱の炎が」(Un foco insolito mi sento addosso)を歌う。有頂天のパスクワーレはエルネストを呼び、「わしが結婚する」(Io prendo moglie)ので、この家を出ていけと告げる。驚くエルネスト。実はエルネストも、未亡人のノリーナとの結婚がうまくいくように、マラテスタにパスクワーレの説得を頼んでいた。絶望したエルネストは〈カンタービレ〉の分散和音に彩られ「甘く清らかな夢よ」(Sogno soave e casto)を歌い、家を出る決心をする。

 

第2場

ノリーナの家

エルネストの恋人、未亡人ノリーナが恋愛小説を読んでいる。〈カヴァティーナ〉「騎士はその眼差しに心を射抜かれ」(Quel guardo il cavaliere in mezzo al cor trafisse)を歌い、自分には男性の心をとろけさせる眼差しや、微笑みや、うその涙の使い方を熟知しており、知恵が回り、冗談を解し、怒りを笑いに帰る才能もあると自慢する。そこに、エルネストからの手紙が届く。手紙には「財産は貰えず、家を追い出された。絶望して一人でこの地を去る」と書かれていた。驚き悲しむノリーナのところに、マラテスタがやって来る。マラテスタは一計を案じ、ノリーナに修道院に入っている自分の妹ソフローニャに変装させて、ドン・パスクワーレに花嫁として送り込む企てを打ち明ける。ドン・パスクワーレを振り回して、彼に結婚を後悔させ、エルネストとの結婚を承諾させようと言う。〈二重唱〉「準備は万端よ」(Pronta io son)となり、彼女はあとは任せて欲しいと言う。

 

第2幕

ドン・パスクワーレ邸

エルネストはこの家を出る決心を固め、〈アリア〉「見知らぬ遠いところで」(Cercherò lontana terra)を歌い自室に戻る(トランペット独奏を伴う感動的な導入部となっている[5])。パスクワーレは召使を引き連れて、正装で現れる。そこにマラテスタと純真で内気な妹のソフロニアに扮するノリーナがヴェールをかぶり、やって来る。ソフロニアがヴェールを外すと、美しく清楚で慎み深い花嫁候補に、パスクワーレは一目惚れをしてしまい、舞い上がり〈カヴァティーナ〉「仕草も、声も、身のこなしも」(Mosse, voce, portamento)と歌い、早速この場で挙式を上げることにする。公証人(マラテスタの従弟)は事前に隣室に呼ばれていたが、もう一人必要である。そこに、エルネストが叔父に最後の別れを告げにやって来て『出発する前に』(Pria di partir)を歌う。エルネストは花嫁を見て仰天するが、マラテスタが彼にこれは芝居であると耳打ちし、納得させる。エルネストもマラテスタと共に悪巧みに加わり、婚姻の証書に署名する。その署名が終わったとたんに、偽のソフロニアであるノリーナの態度が一変する。パスクワーレに無遠慮に命令をして、考え得る限りの派手な気分屋の贅沢女房に変身する。パスクワーレは啞然とし『夢か現実か、一体何が起きたんだ』(Pria di partir)と歌い、動揺するが、なす術がない。芝居が上出来であることに満足したマラテスタたちは〈四重唱〉「石のように固まってしまった」(È rimasto là impietrato)を歌い、喜びをあらわにする。

 

第3幕

第1場

前幕と同じ日のドン・パスクワーレ邸

部屋中のどこもかしこも新妻の洋服や帽子、アクセサリーなどが散乱している。山積みなった請求書を前に、ドン・パスクワーレは頭を抱えている。召使いがノリーナの言いつけで慌ただしく走り回っている。ノリーナが着飾って登場し、これから芝居見物に出かけるという。ノリーナは結婚初夜なのに何という尻軽女だと怒るパスクワーレに平手打ちを食わせると彼は「ドン・パスクワーレは終わりだ」(è finita, Don Pasquale)と嘆く。爺さんは早く寝たほうが良いと言い、わざと一通の手紙を落として外出する。それは今夜ノリーナの密会の約束が記されている。これは当然パスクワーレを罠にはめるための小道具だが、これを見たパスクワーレはこれを口実に離婚が出来ると考える。召使いたちの〈合唱〉「何と限りないこの出入り」(Che interminabile andirivieni!)が聞こえる。マラテスタとエルネストが現れて今夜の密会の打ち合わせをする。続いてパスクワーレが登場して、マラテスタに新妻の傍若無人ぶりを嘆く。そして新妻の不貞の現場を取り押さえるべく計画を練る。2人による早口の二重唱の活力は、この状況のもつ気分をまさに生き生きと捉えている。

 

第2場

夜の庭園

庭ではエルネストがノリーナを想って〈セレナーデ〉「春の盛りの夜はなんと素敵なのだろう」(Com'è gentil la notte a mezzo april!)。ノリーナが現れ、甘美な〈二重唱〉「もう一度愛していると言っておくれ」(Tornami a dir che m'ami)となる。パスクワーレとマラテスタが登場、密会の現場を取り押さえようとするが、エルネストは気配を感じ間一髪でその場を逃れる。パスクワーレはソフロニアに扮するノリーナによくもわしを裏切ったな、出て行けと言う。彼女は一人で風にあたっていただけとしらばっくれる。マラテスタがソフロニアを説得する振りをし、明日からはエルネストのノリーナという花嫁がこの家に来て、一緒に住むことになると言う。ソフロニアはノリーナとかいう女と住むのは真っ平ごめん、この家を出ると言う。それを聞いて喜んだパスクワーレはすぐさまエルネストを呼びつけ、ノリーナとの結婚を許し、遺産相続の約束もしてしまう。すると、マラテスタがソフロニアは実はノリーナであったことをパスクワーレに打ち明ける。怒っていたパスクワーレは全てを悟り、寛大な心で「この話の教訓は」(La morale è molto bella)と語り、二人を許し祝福して、大団円となる。

プログラムとキャスト

ドン・パスカーレ - ニコラ・アライモ
エルネスト - ドミトリー・コルチャック
マラテスタ - ステファン・アスタホフ
ノリーナ - プリティ・イェンデ

 

音楽監督 - フランチェスコ・イヴァン・チャンパ
演出 - イリーナ・ブルック
舞台美術 - ノエル・ジネフリ=コルベル
衣装 - シルヴィ・マルタン=ヒジカ
照明 - アルノー・ジュン
振付 - マーティン・ブチコ

ウィーン国立歌劇場

 

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ご予約いただいたチケットはEチケットとなります。もしもEチケットが届かない場合は、メールでお知らせください。

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連絡先

住所:Wohllebengasse 6/2,

1040, Wien

電話:+43 19688622

メール  : office@vienna-concert.com 

 

 

公共交通機関

地下鉄: U1、U2 、 U4
トラム: 1 、 2、D 、62 
バス: 59A
停車駅:カールスプラッツ/オペラ Karlsplatz/Oper
タクシースタンドが近くにあります。又、公演終了時にはタクシーが劇場前に待機しています。ホテルまでのお帰りがご心配な方にはタクシーのご利用をお勧めします。



歴史


ウィーン国立歌劇場はウィーン造形アカデミーの建築家アウグスト・シカート・フォン・ジッカルツブルクとエドゥアルト・ファン・デア・ニルが共作で設計し、1869年5月25日、当時の皇帝フランツ·ヨーゼフと皇后エリザベートの存在下で、モーツァルトの「ドン・ジョバンニ」により盛大にこけら落としが行われました。

 

フランツ·フォン·ディンゲルシュテット(劇場支配人・詩人)、ヨハン・ヘルベック(指揮者・作曲家)、フランツ・ヤウナー(演出家・劇場支配人)、ヴィルヘルム・ヤーン(指揮者)などの芸術的影響を受け、オペラ座の人気は益々高まっていきました。1897年に総監督となったグスタフ・マーラーは、古い上演システムを改新し、新しい舞台芸術を取り入れ、新世代歌手を積極的に起用するなどの第一次改革を行い、その後後継者たちにも引き継がれていきました。

又、マーラーはそれまでオペレッタを上演しなかったオペラ座にヨハン・シュトラウスの「こうもり」を正式なレパートリーとしました。

 

20世紀になると、総監督のリヒャルト・シュトラウスの「ナクソス島のアリアドネ」(1916年10月4日)や「影のない女」(1919年10月10日)の初演が行われます。

 

第二次世界大戦中、1938年から1945年年間はオペラ座暗い時代を迎えます。ナチスの下で多くの団員が追放・殺害され、様々な作品が上演禁止になりました。

1945年3月12日、連合軍の爆撃により舞台は破壊され、建物は火災に遭います。その後、ウィーン・フォルクスオーパーやアン・デア・テアーターウィーン劇場が仮の拠点となり、1955年11月5日カール・ベームによる「フィディオ」の上演で再開を果たします。

1956年に芸術監督に就任したヘルベルト・フォン・カラヤンはイタリア語やその他の外国語作品もドイツ語による上演を行ってきたそれまでの慣例を破り、原語上演の方針を導入し、これはその後ドイツその他の大劇場にも波及しました。

 

今日ウィーン国立歌劇場は、多大なレパートリーが故世界で最も重要なオペラ座の一つとみなされています。

 

2010年9月1日以来、音楽監督はフランツウェルザー=メスト、音楽総監督はドミニクマイヤー。

© Bwag/Commons
© Wiener Staatsoper / Michael Pöhn
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